小学校の低学年だった息子の打球が、審判さんの目を直撃した。
あの日の不安は、今でも忘れられない。
「ただいま」の様子が、おかしい
ある練習日の夕方のことです。
息子が野球を始めて、まだ数ヶ月。
いつもは元気に「ただいまー」と帰ってくる息子の様子がおかしい。
どうかした?
・・・・
——お父さんコーチの顔に打ったボールが当たった。
大丈夫そうだった?
——わからない。
息子が風呂に入っている時、父母会長さんから電話が鳴る。
嫌な予感。
面(マスク)を、つけていませんでした
低学年の練習中。息子がバッターボックスに立っていました。
球審のお父さんは、面(マスク)をつけていませんでした。
「低学年だから、打球も飛ばないし」
たぶん、そんな感覚だったのだと思います。
息子は体が大きく、力が強い子でした。
その日、バットに当たったボールが後ろにファウル。
ちょうど目線の高さに、信じられない速さで飛んでいきました。
球審のお父さんが、両手で顔を覆って崩れ落ちる。
みんなが駆け寄る。
そのまま救急病院へ直行。
状況を聞いた時、私の頭の中は、本当に真っ白でした。
眠れなかった夜
その夜、息子と一緒に布団に入りました。
いつもはおしゃべりな息子が、泣きそうな顔をしている。
何を話したか、もう覚えていません。
私は、目を閉じても眠れませんでした。
真っ暗な天井を見ながら、
頭の中でこんな言葉ばかりが回っていました。
視力が無事でありますように。
野球なんかやらせなければよかった。
もう、やめさせよう。
野球未経験で、何が「普通」かも分からない。
誰に相談していいかも分からない。
ただ、自分の子どもが、誰かの目を傷つけてしまった。
その事実だけが、夜じゅう頭の中を回っていました。
今、この文章を書きながらでも、あの夜の苦しさが胸の真ん中に戻ってきます。
「視力は、無事だそうです」
翌日、父母会長さんから再び電話がありました。
「視力は、無事だそうです」
電話口で、私は泣きました。
お詫びに伺った日
数日後、菓子折りを持って、夫と二人でお詫びに伺いました。
玄関先で対応してくださったのは奥様で、お父様は出てこられませんでした。
奥様は、穏やかに言ってくださいました。
「状況は聞いています。もう本当になんと言ったらいいのか。こちらは大丈夫です。」
頭を下げながら、ようやく少し、救われた気持ちになりました。
書類だと思っていた、スポーツ保険に救われました
このとき、私たち家族を実務的に少し安心させてくれたのが、スポーツ保険でした。
チームが団体で加入していた、スポーツ安全保険。
入部時に「お金を払って、これで終わり」だと思っていた書類が、
こんな場面で効いてくるとは、想像もしていませんでした。
誰かをケガさせてしまった時にも、備えがある。
お金の不安が、少し和らぎました。
(保険の中身と、入部時に確認しておいてほしいことは、少年野球のスポーツ保険 入部時に確認してほしいこと にまとめました。)
「怪我が完全に治るまで、お父さんがグラウンドに来られないように、チーム側が配慮してくださった」こともありがたかったです。
息子と顔を合わせて萎縮してしまわないように。
あの配慮も、私たち親子を救ってくれた一つでした。
先輩のお母さんの「大丈夫」
事故があった後、ある先輩のお母さんが声をかけてくれました。
「お子さんが野球を嫌いにならないように。
大好きな野球をやめないでいいように、お母さんが笑顔で声をかけてあげてください。
怪我は大丈夫だと伝えてあげてね。」
あの言葉には、
「大丈夫」が、たくさん入っていた気がします。
あの言葉がなければ、私はたぶん、「やめさせる」を選んでいました。
先輩父母の声かけは、本当に大事。
今、私が後輩のお母さんになるべく笑顔で声をかけるようにしているのは、
あの日の先輩のお母さんが、原点にあります。
マスクを、すぐ注意した監督
その後、転勤を機に、別の地域へ引っ越しました。
息子の新しいチーム探しで、体験会をいくつか回りました。
あるチームの練習試合のような場面で、
球審のお父さんコーチが、マスクをつけていませんでした。
胸の奥が、ヒュッと冷たくなりました。
その瞬間、ベンチから監督が出てきて言ったのです。
「低学年でも、マスクは必ずつけてください。何かあってからでは遅いです」
そのコーチは、すぐにマスクを取りに行きました。
言われた側も、すっと従う。
注意した側も、感情的にならず、ただ事実だけを伝える。
私はその一連を、ぼうっと見ていました。
そして、心の中で決めました。
「このチームに、息子を入れたい」
強いチームかどうか、保護者の大変さ、月謝、家からグラウンドの距離——
それよりも、
「防げる事故を、防ごうとする監督がいるかどうか」。
それが、最後の決め手になりました。
(チーム選びで見てほしいことは、少年野球のチーム選び 体験会で見てほしいこと にも書きました。)
後に紹介していきますが、私たち親子はこのチームで紆余曲折の経験をして、身も心も成長します。
息子は新しい環境で力をつけ、今は親元を離れた寮で、高校野球を続けています。
「あの直撃の日」がなかったら、私はきっと、別の基準でチームを選んでいたと思うのです。
あの日の私への手紙
あの日、私は野球が嫌いになりました。
「もうやめさせよう」と本気で思った夜の私に、今、もし言葉を贈るとしたら——
あの夜は、本当に苦しかったね。
大丈夫。
視力は、無事だったよ。スポーツ保険にも、少し救われたよ。
先輩のお母さんが、声をかけてくれるよ。そしてあなたは、この経験のおかげで、いいチームを選べる目を持つようになるよ。
「防げる事故を、防ぐ」ということを、何より大事に思える親になるよ。
ネット補修を率先してやるような親になるよ。息子は、今も野球を続けているよ。
とっても頑張れる子に なっているよ。絶対 やめさせたらダメだよ。あの夜の涙は、無駄じゃない。
ちゃんと、道しるべになっているからね。
※ このブログは、特定の個人・チーム・指導者を批判する意図はありません。すべて「我が家の場合」の振り返りです。医療・保険の判断は必ず専門家や最新の案内をご確認ください。
※ よかったら、また、読みに来てください。

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