我が子が、人を傷つけた日 ―
野球をやめさせようと思ったあの夜の私へ
少年野球の打球事故 ・ スポーツ保険 ・ チーム選び
かあちゃんの記録 #01カテゴリ:あの頃の私への手紙読了目安:約9分
この記事の要約
小学2年で野球を始めた数ヶ月後、息子の打ったファウルボールが球審のお父さんに直撃しました。眠れなかった夜、菓子折りを持って訪ねた家、スポーツ保険の安堵、そして先輩母の一言。野球未経験の母が「やめさせよう」と思ったあの夜から、子どもが高校で野球を続ける今日までを、当時の感情のまま振り返ります。
今でも忘れない、ある練習日の夕方のことです。
息子が小学2年生で野球を始めて、まだ数ヶ月。
地域の軟式野球チームに入部して慣れてきた頃。
いつもは元気に「ただいまー」と帰ってくる息子の様子がおかしい。
どうかした?
・・・・
——お父さんコーチの顔に打ったボールが当たった。
大丈夫そうだった?
——わからない。
あの夜、私は本気で「野球をやめさせよう」と思いました。
それでも息子は今、高校の強豪チームで野球を続けています。
あの経験があったから、その後いいチームを選べたと、今は思えるのです。
頭の中が真っ白になった、あの数秒
息子が風呂に入っている時、父母会長さんから電話が鳴る。嫌な予感。
はじめに状況を聞く。
低学年のバッティング練習中。
球審のお父さんは、面(マスク)をつけていませんでした。
「低学年だから、打球も飛ばないし」
たぶん、そんな感覚だったのだと思います。
私自身、野球を始めたばかりで「球審ってマスクをつけるものなんだ」ということすら、よく分かっていませんでした。
息子は体が大きく、活発な2年生でした。
力が強く、バットを振るスイングスピードも速い方でした。
その日、息子のバットに当たったボールが、後ろにファウル。
ちょうど目線の高さに、信じられない速さで飛んでいきました。
球審のお父さんが、両手で顔を覆って崩れ落ちる。
みんなが駆け寄る。
そのまま救急病院へ直行。
状況を聞いた時、私の頭の中は、本当に真っ白でした。
息子も自分が「何か取り返しのつかないことをした」ということを、子どもなりに分かっていたのでしょう。
後から知ったことですが、実は硬式ボールより、軟式ボールの方が衝撃を吸収して変形するぶん、目に当たった時の損傷が大きくなることがあるそうです。
「軟らかいから安心」では、ないのです。
眠れなかった、あの夜
その夜、息子と一緒に布団に入りました。
いつもはおしゃべりな息子が、布団に入ってからも、泣きそうな顔をしている。
何を話したか、もう覚えていません。
私は、目を閉じても眠れませんでした。
真っ暗な天井を見ながら、頭の中でこんな言葉ばかりが回っていました。
野球なんかやらせなければよかった。
もう、やめさせよう。
野球未経験で、何が「普通」かも分からない。
誰に相談していいかも分からない。
ただ、自分の子どもが、誰かの目を傷つけてしまった。
その事実だけが、ずっと頭の中を回っていました。
今、この文章を書きながらでも、あの夜の苦しさが胸の真ん中に戻ってきます。

お詫び、視力の無事、そしてスポーツ保険に救われた話
翌日、父母会長から再び電話がありました。
「視力は、無事だそうです」
電話口で、私は再び泣きました。
数日後、菓子折りを持って、夫と二人でお詫びに伺いました。
玄関先で対応してくださったのは奥様で、お父様は出てこられませんでした。
奥様は、穏やかに、こう言ってくださいました。
「状況は聞いています。もう本当になんと言えばいいのか。こちらは大丈夫です。」
頭を下げながら、ようやく少し、救われた気持ちになりました。
スポーツ保険に、本当に救われた
このとき、私たち家族を実務的に安心させてくれたのが、スポーツ保険でした。
チームが団体で加入していたスポーツ安全保険(公益財団法人スポーツ安全協会)からの補償で、相手方の治療費の負担に対する備えがありました。
入部時に「お金を払って、これで終わり」だと思っていた書類が、こんな場面で効いてくるとは、想像もしていませんでした。
少しだけ、一般的な情報として整理しておきます(※我が家がお世話になった当時の話+公開情報をもとにしているので、加入時には必ず最新の案内をご確認ください)。
- 加入対象:4名以上の団体で加入する保険。少年野球チーム、スポーツ少年団など、多くの少年スポーツ団体が窓口になっています。
- 掛金:年額数百円〜の区分から始まり、年齢・スポーツの種別・補償範囲によって変わります。
- 補償内容:傷害保険(自分のケガ)、賠償責任保険(人やモノを傷つけてしまった時)、突然死葬祭費用保険などがセット。
- 対象になる場面:団体活動中の事故、活動場所への往復中の事故などが基本。
我が家のケースでは「賠償責任」の部分に救われた形になります。
お金の不安が、少しでも軽くなる。
それだけで、頭を下げる 心の重さが、ほんの少しだけ違ってきます。
「自分の子がケガをした時」だけでなく「誰かをケガさせてしまった時」も補償してくれます。
そしてもう一つ。
「怪我が完全に治るまで、お父さんがグラウンドに来られないように、チーム側が配慮してくださった」こともありがたかったです。
息子が、被害者の方と顔を合わせて萎縮してしまわないように。
あの配慮も、私たち親子を救ってくれた一つでした。
先輩母の、たった一言
事故があった後、ある先輩のお母さんはこう言ってくれました。
「お子さんが、この出来事で野球を嫌いにならないように、大好きな野球をやめないでいいように、お母さんが笑顔で声をかけてあげてください。怪我は大丈夫だと伝えてあげてください」
その言葉には、たくさんのことが入っていました。
- 「あなたのお子さんは悪くない」
- 「あなたも悪くない」
- 「これからもチームの仲間ですよ」
- 「お母さん、まず深呼吸して」
- 「子どもが野球を嫌いになるかどうかは、お母さんにかかっていますよ」
そんなメッセージだと思います。
あの言葉がなければ、私はたぶん、「やめさせる」を選んでいました。
私の不安が、子どもの未来を、ひとつ閉じてしまっていたかもしれません。
先輩父母の声かけは、本当に大事。
今、私が後輩のお母さんに、なるべく笑顔で声をかけるようにしているのは、あの日の先輩のお母さんの声かけが、原点にあります。
新しいチームの体験会で
転勤を機に、私たち家族は、別の地域へ引っ越しました。
息子のチーム選びで、軟式野球チームの体験会を回りました。
ある日のことです。
あるチームの体験会で、低学年の練習試合のような場面がありました。
球審に入っていたのは、お父さんコーチ。
——マスクを、つけていませんでした。
胸の奥が、ヒュッと冷たくなりました。
あの日の記憶が、頭の中でよみがえりました。
その瞬間でした。
ベンチから監督が出てきて、はっきりとした声で、そのコーチに伝えたのです。
「低学年でも、マスクは必ずつけてください。何かあってからでは遅いです」
そのコーチは、すぐにマスクを取りに行きました。
言われた側も、すっと従う。
注意した側も、感情的にならず、ただ事実だけを伝える。
私はその一連を、見ていました。
そして、心の中で決めました。
「このチームに、息子を入れたい」
強豪チームかどうか、保護者の大変さ、月謝、家からグラウンドの距離。
それよりも、
「防げる事故を、防ごうとする監督がいるかどうか」。
それが、最後の決め手になりました。
後に紹介していきますが、私たち親子はこのチームで紆余曲折の経験をして、身も心も成長します。
息子は新しいチームでとてつもない力をつけ、今は親元を離れた寮で、高校野球を続けています。
「あの直撃の日」がなかったら、私はきっと、別の基準でチームを選んでいたと思うのです。
あの日の私への手紙
あの日、私は野球が嫌いになりました。
「もうやめさせよう」と本気で思った夜の私に、今、もし言葉を贈るとしたら——
あの夜は、本当に苦しかったね。
大丈夫。
視力は、無事だったよ。
スポーツ保険にも、救われたよ。
先輩のお母さんが、声をかけてくれるよ。そしてあなたは、この経験のおかげで、いいチームを選べる目を持つようになるよ。
「防げる事故を、防ぐ」ということを、実践していく親になるよ。
ネット補修を率先してやるような親になるよ。息子は、今も野球を続けているよ。
しかも、すごく楽しそうにやっているよ。絶対やめさせたらダメだよ。あの夜の涙は、無駄じゃない。
ちゃんと、道しるべになっているからね。
— 今日のメッセージ —
防げる事故は、防ぐための行動に変える。
でも、防げなかった出来事も、いつかの道しるべになっていく。
※ このブログは、特定の個人・チーム・指導者を批判する意図はありません。すべて「我が家の場合」の振り返りであり、医療・保険の判断は必ず専門家や最新の案内をご確認ください。
※「あの頃の私への手紙」シリーズ、これから少しずつ書き溜めていきます。よかったら、また読みに来てください。

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