2026-05

チームと仲間の物語

少年野球の部員不足 23対0で、時間切れになった、雨の練習試合の日

少年野球の部員が足りず、兄弟児に仮入部してもらっていた頃。遠征先の雨の中、23対0で時間切れになった練習試合の記録です。どん底だったチームのスタート地点です。
チームと仲間の物語

少年野球の保護者の役割 お手伝いは母だけのものじゃない

少年野球の保護者の役割は母親だけのもの? 母中心の当番制から「できる人ができることをやる」に変わるまでの記録と、我が家のチームの役割分担の具体例をまとめました。
ケガと回復の記録

腰椎分離症のリハビリとピラティス 変わったのは、身体だけじゃなかった

中2で腰椎分離症を再発した息子と、3ヶ月だけピラティスに通いました。腰に負担をかけない地味な動きが、復帰後の身体と「自分でケアする力」を育て、母には息子とゆっくり過ごす宝物の時間を残してくれた話。
母の心と声かけ

「行ってこーい」がくれた安心

次男は、小さい頃から気の小さい子でした。新しい場所、新しい人、新しい時間の流れ。そういうものに出会うたびに、小さな身体がきゅっと固くなる、そんな子でした。これは、そんな次男を叱らずに、笑顔で送り出してくださった大人たちの話です。※ あくまで...
母の心と声かけ

少年野球の保護者の人間関係に疲れたら いい空気の人と、一緒にいよう

少年野球の保護者の人間関係に疲れたら。悪口が広まり、スーパーで動悸がした頃の話と、そこから抜け出せた「私に効いたこと5つ」を書きました。全員と仲よくしなくていい、と思えるまでの記録です。
チームと仲間の物語

運動が苦手だった弟が、少年野球チームのキャプテンになるまで

運動が苦手で、グラウンドの隅でゲーム機を握っていた次男が、6年生でキャプテンになるまでの記録です。「この子は何が向いているんだろう」と悩んでいた頃のこと、変えてくれたお父さんたちと、兄の背中の話。
ケガと回復の記録

腰椎分離症の再発を4回 「治った」とまだ言えない母の、正直な記録

小5で腰椎分離症と診断された息子は、小6・中1・中2と再発を繰り返しました。復帰と再発、整体やピラティス、同じ道を歩いた先輩たちの言葉。「治った」とまだ言えない母が、数年分を正直に記録します。
ケガと回復の記録

小学生の腰椎分離症 努力の先で、野球を奪われた日 「腰が痛い」から診断までの記録

小5の息子が「腰が痛い」と言い、腰椎分離症(腰の疲労骨折)と診断されるまでの我が家の記録。野球未経験の母が見逃しかけたサイン、整形外科からMRIまでの流れ、当時知らなかった基礎知識と受診の目安をまとめました。
ケガと回復の記録

少年野球で起きた事故 「大丈夫だよ」に救われた日

小学校低学年だった頃、息子の打球が マスクをつけていなかった球審のお父さんの目を直撃しました。考えさせられる出来事でした。