あの頃の私への手紙 #13 /
コーチは叱る係、保護者は褒める係 ー 全力応援がチームを変えた日 ー
チームには、昔ながらの名物指導者が、います。
正しいが とても厳しく注意してくれる。
保護者は どう 受け止めたらいいのか。
保護者の中で いろんな気持ちが 揺れていた頃の話です。
その揺れに 答えのひとつを 見つけました。
私が 子どもの頃は、
指導者からの 強い言葉や、時には、体罰も ふつうに あった、時代でした。
怒鳴られて、叩かれて、それでも「ありがとうございました」と 頭を下げる。
そういう景色が、ふつうに ありました。
いまは、絶対に そんなことが あっては いけない時代です。
それは、本当に 本当に よかった、と、思っています。
ただ、その変化と 引き換えに、
怒られ慣れていない子も、増えていきました。
少し注意されただけで、しゅん、と なってしまう。
肩が、こわばって、目線が 下を 向いて、
次の球が、怖くて、足が、すくむ。
その小さな背中を、保護者席から 見ながら、
あの頃の私は、いろんなことを 考えていました。
うちのチームには、名物コーチが いました。
ダメなことは、ちゃんと、ダメ、と 言う人でした。
低学年で、砂遊びをしていたら 雷が 落ちる。
元気がないと 雷が 落ちる。
集中が切れていた 準備不足だった 全力でやっていなかった
そこからのエラーは 雷がおちる。
それは、本当に ありがたいことで、
親では、お手上げな部分を、いつも 引き受けてくれていました。
雷が 落ちて、子どもは しゅん と なる。
そこで 何くそ〜 とやる気に 変えれる子もいます。
でも ずっと 引きずってしまう子も やっぱり いる。
保護者席の中で、いろんな気持ちが、揺れていたのも、事実、でした。
「ありがたい。家では言えないことを、ちゃんと 言ってくれている」と 感じる 家庭。
「萎縮してしまうから、もう少し 優しく言ってもらえないだろうか」と 感じる 家庭。
どちらも、その家庭の ちゃんとした 考え でした。
野球の指導は、こうあるべき、なんて 決めつけられるものでは、ない。
そして、私自身の中にも、両方の気持ちが ありました。
注意してもらえる、ありがたさ。
子どもの肩が、こわばっていく、せつなさ。
その両方を、抱えながら、グラウンドに 通っていました。
チーム運営って、本当に 難しい、と 思います。
いろんな家庭の いろんな考えが 集まっている。
「うちは、こう育てている」が、隣の家とは 違う。
それでも、ひとつのチームとして、進まないと いけない。
「ご家庭の 考えを 変えてください」と 言えるものでは、ない。
「コーチの注意の仕方を 変えてください」と 言うのも、なんだか 違う気がする。
——じゃあ、どうしたら いいんだろう。
そう ぐるぐると、考え込んでいた 頃でした。
ある日、信頼している、お父さんコーチと 話していて ハッとなりました。
#10で書いた、チーム出身のOBで、大人になり 父親になって 帰ってきてくれた、あのコーチたちの ひとり です。
チームが 部員不足に 悩んでいた頃でもありました。
怒られてばかりで 楽しそうじゃない。もっと 褒めてあげたい。
子どもが、しゅん、となっている時、保護者席も、しーん、となってしまう。
でも、コーチの注意の仕方を、変えてください、とは 言いたくない。
あれは 大事なこと。
「── そうだ、こう 考えればいいんだ」
コーチは、ダメなことを、ダメ、と言う係。
保護者は、できたことを、ぜんりょくで、褒める係。
どっちも、あれば、いいよね。
——あ。
そっか。
厳しさは、コーチが ちゃんと 引き受けてくれている。
だったら、私たち 保護者は、ぜんりょくで 褒める係に まわればいい。
次の週末から、全力で 褒めまくりました。
子どもが、いいプレーをした時は もちろん。
失敗した時こそ できるだけ 大きな声で 応援しよう。
具体的には、こんな感じです。
失敗しても ── 「大丈夫大丈夫」
空振りでも ── 「いいスイング」
エラーしたら ── 「次だよ」
惜しい時は ── 「ナイスファイト」
ピッチャーには ── 「みんなが、守ってくれるから、大丈夫」
最初は、ちょっと、恥ずかしかった。
自分の声が、いつもより、ワントーン 高くて、
内心、わざとらしいな、と 思っていました。笑
でも、みんな変えたいと思っているんだよね。
誰かが、最初に 声を 出すと、
次の人が、つられて 声を 出してくれる。
それが すこしずつ 当たり前に なっていきました。
今までは 守備で エラーをしたら
指導者が 「ボーッとするな!」と 注意して
しゅん、と なる はずの、その瞬間。
「大丈夫大丈夫!」
「次だよ次!」
「元気出していくぞ!」
保護者席から、いくつもの 声が、重なって 聞こえました。
——おお!!
選手は 背筋をピンと 深呼吸をして
次の球に 集中していました。
接戦の勝敗は、応援の大きさで、決まることが ある。
これは、本気で、思っています。
実力が ほぼ同じ、二つのチームが ぶつかった時、
保護者席が、明るい方の 子どもたちが、
失敗を 怖がらず、次の球に 向かえる。
切り替えが はやい。
顔が 下を 向かない。
仲間に 声を かけ合える。
それだけで、勝負は すこし 傾く。
「弱いだろう」と、まわりから 予想されていた 次男の代は、
気がついたら、リーグで 優勝 していました。
でも、何より 嬉しかったのは、結果よりも、
試合中の、子どもたちの 表情 でした。
エラーしても、切り替えて ベンチに 帰ってくる。
空振りしても、受け入れる。
ピッチャーが 大ピンチの時も、みんなで 声を かけ合う。
みんな 失敗を 恐れていない。
——保護者席の空気は チーム全体に 伝染するんだ。
ダメなことを、ちゃんと、ダメ、と 教え続けてくれた、名物コーチ。
ベンチの中で、仲間に 声を かけ続けた、子どもたち。
お父さん お母さんの プラスの声かけ全力応援。
こんなに声を張り上げて
我が子の 応援ができるなんて!
楽しい!
厳しさを、引き受けてくれる人が いるから、
私たちは、温かさを 引き受けることが できる。
あの日、遠征先で、23対0で、時間切れになった、雨の練習試合(#10)。
ずぶ濡れの、ベンチで、
「こんなチームで、ごめんね」って、ばかり、思っていた、あの日、から。
兄弟児の女の子たちが、仮入部してくれて、
OBのお父さんコーチたちが、頑張ってくれて、
お手伝いが、母だけのものじゃ、なくなって(#08)、
保護者席に、温かい声が 増えて いって。
——気がついたら、”弱いだろう” と 言われた代が、優勝旗を 抱えていました。
いい連鎖って、本当に 起きるんだなあ、と、思いました。
あの頃の私に、もし いま 声をかけられるなら——
あの頃は、本当に、ぐるぐる、悩んでいたね。
めちゃくちゃ厳しいチームと 噂されて、
でも、それを 変えてくれ とは 言えない。部員もなかなか入ってくれない。負け続ける。楽しくない。
大丈夫。
ちゃんと、出口は、あるからね。
モヤモヤが、すうっと、整理される日が、来るからね。こんなに声を張り上げて
我が子の 応援ができるなんて!
楽しい!厳しさと温かさが どっちも ある場所で、
子どもは、ちゃんと、強く、優しく、育っていく。あの頃の、ぐるぐるは、無駄じゃ、ないよ。
いい空気が 生まれるからね。
「いろんな考えの家庭が集まる場所で、誰も 責めずに 進める人」に してくれるからね。
※ このブログは、特定の個人・チーム・指導者を批判する意図はありません。すべて「我が家の場合」の振り返りです。名物コーチも、お父さんコーチたちも、どんな考えの家庭の方も、私にとっては、みんな、大切な方々です。
※ よかったら、また、読みに来てください。


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