挫折

チームと仲間の物語

少年野球の弱小チームがリーグ優勝するまで 部員不足から始まった6年間の記録

うちのチーム、部員が足りない。保護者も疲れている。そんなお母さんへ。23対0で時間切れになった雨の日から、リーグ優勝の日まで。少年野球の弱小チームが6年かけて変わっていった順番を、母の目線でまとめました。
チームと仲間の物語

少年野球の部員不足 23対0で、時間切れになった、雨の練習試合の日

少年野球の部員が足りず、兄弟児に仮入部してもらっていた頃。遠征先の雨の中、23対0で時間切れになった練習試合の記録です。どん底だったチームのスタート地点です。
母の心と声かけ

ワンオペ育児がしんどかった夜 「疲れた」を「よくがんばったね」に変えた日

子ども3人をほぼワンオペで育てていた頃、私はレシピノートを後ろから開いて、誰にも言えない言葉を書き散らしていました。「疲れた」が口癖だった母が、「よくがんばったね」に変えるまでの記録です。
ケガと回復の記録

腰椎分離症の再発を4回 「治った」とまだ言えない母の、正直な記録

小5で腰椎分離症と診断された息子は、小6・中1・中2と再発を繰り返しました。復帰と再発、整体やピラティス、同じ道を歩いた先輩たちの言葉。「治った」とまだ言えない母が、数年分を正直に記録します。
ケガと回復の記録

小学生の腰椎分離症 努力の先で、野球を奪われた日 「腰が痛い」から診断までの記録

小5の息子が「腰が痛い」と言い、腰椎分離症(腰の疲労骨折)と診断されるまでの我が家の記録。野球未経験の母が見逃しかけたサイン、整形外科からMRIまでの流れ、当時知らなかった基礎知識と受診の目安をまとめました。