あの頃の私への手紙#02
野球未経験かあちゃんの記録 #02| 腰椎分離症 努力の先で、野球を奪われた日
小学5年生の秋、誰よりも素振りをしていた息子が、「腰、痛い」と言い出した。
あの診察室で表情を失った息子の顔は、今でも忘れられない。
「ねえ、お母さん。腰、なんか痛い」
ある日 素振りの自主練をしている時でした。
小学5年生の秋。
大きな怪我とは無縁だった我が子の、初めての「痛い」でした。
その日から数週間後、私たち親子は、病院の診察室で「腰椎分離症」という言葉を聞くことになります。
今になって思います。
あの日の涙は、序章だったのだと。
息子は、ケガとは無縁の子でした。
体が大きく、力も強い。
チームではキャッチャーで、指導者が「こんなに上手いキャッチャーは初めてだ」と褒めてくれていた頃でした。
その息子が、ぽつり「腰が痛い」と言ったのです。
——成長痛かな。
——練習でちょっと張ってるだけかな。
野球未経験の母には、「腰が痛い」と「疲労骨折」が、どうしても結びつきませんでした。
お風呂で温めて、湿布を貼って、それで治ると思っていました。
でも、何日経っても、痛みは引かない。
「これは、ちゃんと診てもらおう」
家の近くの整形外科に連れて行ったのは、痛みが出始めて1週間ほど経ってからでした。
最初の整形外科で、まずレントゲンを撮りました。
先生は画像を見ながら、慎重な口調で言いました。
「ちょっと、レントゲンでは分かりにくいので、大きな病院でMRIの検査を受けて下さい」
——MRI?
聞き慣れない言葉。
数日後、紹介状を持って、大きな病院へ。
あんなに動くのが好きな子が、私も知らない機械に入っていく。
それだけで、胸の奥が、ぎゅっとなりました。
検査の後、お医者さんが画像を示しながら、静かに言いました。
「初期の腰椎分離症ですね。腰の骨の、疲労骨折です」
——疲労、骨折。
「まずは1ヶ月 野球も体育も、お休みしましょう。そのあとトレーニングを重ねて様子を見ていきます。」
息子の顔から、すっと、表情が消えました。
帰りの車の中で、二人とも無言でした。
信号待ちで、ミラーごしに息子を見たら、窓の外を向いて、肩が震えていました。
私も、もう、こらえきれませんでした。
診察のとき、先生はこう言いました。
「成長期のお子さんで、野球やサッカーをやっているお子さんに、わりとよくある怪我なんですよ。腰を反らしたり、ひねったりする動きの繰り返しが、骨に少しずつ負担をかけて、疲労骨折を起こします」
「特に野球は、素振りのやりすぎ、というケースが多いですね」
——素振り、のやりすぎ。
それしかない。
夕食の前に、リビングで素振り。
お風呂の前に、トスバッティング。
野球だけは誰にも負けたくない。
自分でノルマを決めて、毎日欠かさず。
周りから「練習したら?」と言われたことがありません。
素振りをしないと気持ち悪い、と言っている子でした。
その努力が、いま、野球を奪っている。
「上手くなる」と信じて疑わなかった練習が、
誰よりも頑張っていた結果が、
運動禁止。
正解か、不正解か、なんて、当時の私には判断できませんでした。
ただ、息子が誰より頑張っていたことは、紛れもない事実でした。
復帰までの日々を、息子はベンチの隅で過ごしました。
道具を並べ、声を出し、給水を運ぶ。
試合に出ない日の方が、立派な姿だったかもしれません。
そんな息子に「怪我したら、意味ないよね」という子も、正直、いました。
たぶん、悪気のない一言だったのだと思います。
それでも、その夜も悔しくて泣きました。
——意味がない努力なんて、ない。
そう、自分に言い聞かせるのが精一杯でした。
少しだけ、当時の私が知らなかったことを整理しておきます
(※症状や治療の判断は必ず医師にご相談ください)。
- 腰椎分離症とは:背骨の腰の部分(腰椎)の、椎弓(ついきゅう)というところが、繰り返しの負担で疲労骨折を起こしてしまった状態。
- 多い年代:小学校高学年〜高校生の成長期に多いそうです。
- 多いスポーツ:腰を反らしたり、ひねったりする動きが多い競技。野球、サッカー、バレーボール、新体操など。
- 検査:最初はレントゲンを撮ることが多いそうですが、初期の分離はレントゲンに映りにくいこともあり、MRIを撮ると、より早い段階で見つけやすくなる、と聞きました。
- 早期発見:早く見つかるほど、骨がくっつく可能性が高いとされています。
- 受診の目安:2週間以上、腰の痛みが続くようなら、一度整形外科を受診するのが安心と言われているようです。
野球かあちゃんに伝えたいのは、ただ一つ。
「子どもが腰が痛い」と言ったら、軽く見ないで、早めに検査して診てもらってほしい、ということだけです。
野球を休んでいる間に、私は何度も「腰椎分離症」を検索しました。
夜、子どもたちが寝た後の食卓で、スマホの画面を見つめていました。
そこで、初めて知った言葉がいくつもありました。
インナーマッスル。
体幹トレーニング。
バランスを整えるトレーニング。
ストレッチで可動域を広げる。
骨盤を立てる座り方。
それまで息子がやってきたのは、「振る・打つ・走る」の、力で押す練習ばかりでした。
リハビリで通った場所では、地味な動きをひたすら繰り返すことを教わりました。
息子は最初、つまらなそうにしていました。
派手な打球の感触も、グラウンドの土の匂いも、ここにはないのです。
それでも、続けるしかありませんでした。
そして、これも当時の私はまったく予想していなかったことなのですが——
この地味なトレーニングが、後々、息子のバッティングを、もう一段階押し上げてくれることになります。
その話は、また、別の記事で書こうと思います。
診察室で、息子の表情がすっと消えたあの瞬間に、もし、いまの私が立ち会えるとしたら——
あの日は、本当に苦しかったね。
大丈夫。
大丈夫。息子は、ちゃんと、戻ってくるよ。
あなたが「すごいね」と褒めてきた素振りは、無駄なんかじゃなかったよ。
ただ、休む時間が、少し必要だっただけ。ベンチの息子の姿は、誰よりも立派だよ。
あの時間で、息子は野球の上手さじゃないものを、たくさん身につけるよ。そしてあなたはこれから、「インナーマッスル」とか「体幹トレーニング」とか、新しいことをいっぱい覚えるよ。
地味なトレーニングが、長い目で見たら、息子の体をさらに強くしてくれることを、知ることになるよ。痛みのSOSを、ちゃんと聞いてあげられた自分を、褒めてあげていいんだよ。
早く病院に連れて行けて、よかったよ。
休ませることは辛かったよね。あの日の涙は、無駄じゃない。
ちゃんと、息子の野球と心を成長させてくれるからね。
- ※ このブログは、特定の医療機関や治療方針を推奨するものではありません。症状の見立てや治療の判断は、必ず専門の医師にご相談ください。「我が家の場合」の振り返りとして読んでいただけたら幸いです。
- ※野球未経験の母が様々な出来事から学ぶ日々を書いていきます。よかったら、また読みに来てください。
過去の記事は、こちらから。


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