親の気持ち

母の心と声かけ

サッカーから野球へ 「俺はサッカーはしない」と幼稚園児が決めた日

サッカーをやるはずだった幼稚園児が、体験会でのコーチの冗談を本気にして「俺はサッカーはしない」と決めた日の話。そこから野球の道が始まりました。子どもがスポーツを選ぶきっかけは、案外そんなものかもしれません。
ケガと回復の記録

腰椎分離症とコルセットの数年間 コルセットは、いつかお守りに変わる

小5で腰椎分離症と診断されてから、毎日つけ続けたコルセット。整形外科をベースにした通院の日々、外せるようになった時期、そして寮にお守りとして持っていった日まで。我が家の記録です。
ケガと回復の記録

腰椎分離症のリハビリとピラティス 変わったのは、身体だけじゃなかった

中2で腰椎分離症を再発した息子と、3ヶ月だけピラティスに通いました。腰に負担をかけない地味な動きが、復帰後の身体と「自分でケアする力」を育て、母には息子とゆっくり過ごす宝物の時間を残してくれた話。
母の心と声かけ

「行ってこーい」がくれた安心

次男は、小さい頃から気の小さい子でした。新しい場所、新しい人、新しい時間の流れ。そういうものに出会うたびに、小さな身体がきゅっと固くなる、そんな子でした。これは、そんな次男を叱らずに、笑顔で送り出してくださった大人たちの話です。※ あくまで...
母の心と声かけ

少年野球の保護者の人間関係に疲れたら いい空気の人と、一緒にいよう

少年野球の保護者の人間関係に疲れたら。悪口が広まり、スーパーで動悸がした頃の話と、そこから抜け出せた「私に効いたこと5つ」を書きました。全員と仲よくしなくていい、と思えるまでの記録です。
チームと仲間の物語

運動が苦手だった弟が、少年野球チームのキャプテンになるまで

運動が苦手で、グラウンドの隅でゲーム機を握っていた次男が、6年生でキャプテンになるまでの記録です。「この子は何が向いているんだろう」と悩んでいた頃のこと、変えてくれたお父さんたちと、兄の背中の話。
ケガと回復の記録

腰椎分離症の再発を4回 「治った」とまだ言えない母の、正直な記録

小5で腰椎分離症と診断された息子は、小6・中1・中2と再発を繰り返しました。復帰と再発、整体やピラティス、同じ道を歩いた先輩たちの言葉。「治った」とまだ言えない母が、数年分を正直に記録します。
ケガと回復の記録

少年野球で起きた事故 「大丈夫だよ」に救われた日

小学校低学年だった頃、息子の打球が マスクをつけていなかった球審のお父さんの目を直撃しました。考えさせられる出来事でした。