野球未経験かあちゃんの記録 #11|コルセットは、いつかお守りに変わる

ケガと回復の記録
あの頃の私への手紙#11


コルセットは、いつかお守りに変わる


昨日、弟のチームの、ベンチの隅で、
最後の大会を前に、疲労骨折した先輩が、泣いていた。

私なんかが 声をかけてはいけないと思って、
心に浮かんだ言葉を 飲み込んだ。

——あの数年間の景色が、いっぺんに、戻ってきた。


腰椎分離症のことを、少し書いておきます。

我が家には、コルセットがありました。

長男が小5の秋に、診断された日からです。

整形外科で腰椎分離症と診断されると、多くの場合、コルセットを渡されます。
病院によっては、子どもの体の形に合わせて、亀の甲羅みたいな、オーダーメイドのコルセットを作ります。

「これは、絶対に、外してはいけません」

そう言われて、我が家も作りました。

正直に書きます。

亀の甲羅は、流石に動きにくくて、息子はあまり使えませんでした。

(病院には、内緒です)

小学校のときは、病院から支給されたもの。
中学に上がってからは、ザムストのコルセット。

道具を買い替えるという感覚もないまま、
ただ、毎日、毎日、つけていました。


風呂に入るときに、外す。
朝、起きたら、つける。
洗濯のときだけ、外す。

それだけの儀式が、数年、続きました。

「つけてないと、不安になってる」

息子が、ぼそっと、口にした日のことを、覚えています。

痛みが治って、復帰しても、しばらくは、外せませんでした。
コルセットが、身体の一部のように なっていたのだと、思います。

毎日つけているから、コルセットは ボロボロになっていきます。

ザムストは、長持ちしてくれました。

——もう本当に コルセット様様 毎日おつかれさまでした。


整形外科。整骨院。整体院。鍼灸。

週に3日くらいは、何かしらの病院に、行っていた気がします。

腰椎分離症にいい、という情報が入ったら、藁をもすがる思いで、片っ端から回りました。

色々通って、わかったことが、あります。

結局、効いているかどうかは、本人にしかわからない。

だから、本人が「ここがいい」と言うところに、通うことにしました。

整形外科は、通院のベース。
お医者さんが、レントゲン・MRI・CTで、骨の現状を、ちゃんと見てくれます。
お医者さんの言うことを、まず、聞く。

骨の修復を早める超音波の電気治療がいいと聞いて、近所の整骨院に、週に2、3回。
針灸にも通った時期もあります。

通った数だけ、お金もかかりました。
時間もかかりました。

それでも、迷ったら通う。
それしか、なかったのです。

(※病院選びは、本当に気をつけてください。本文末に、少しだけ書きます。)


痛みが出たら、病院に行く。
診断を受けて、「またか」と思う。
コーチに、怪我の報告をしに行く。

親子で何度、泣いただろう。

病院の駐車場で、車のドアを閉めたあと。
コーチへの報告の帰り、運転しながら。

あの時間、

いま振り返ると、息子と絆を深めた出来事に なっています。

——こう 書けるのは  いま、だから。


遅れを取りたくないから
リハビリ中も、何か できることを 探します。

バットが振れない。
ボールが投げられない。
走れない。

それでも、地味なストレッチを、自分で覚えてやってみる。
腰に負担がかからない、別のところを、鍛えようとする。

頑張りすぎじゃないかと思い、 親が止めても、聞かなかった。

本人が、自分で納得して、自分で決めたことをやっている。

そんな子の、病院通いに付き合うのは、
不思議なくらい、苦労には なりませんでした。

頑張っている子の、隣にいるだけ。

ただ、それだけ、でした。


長男は、中学のクラブチームを引退したあと、
ぴたっと、コルセットを外しました。

というより、いつのまにか、つけていない日が、増えていきました。

身長の成長も止まり、成長期が終わったのでしょうか。

「毎日の道具」だったコルセットが、「毎日の道具」では、なくなる。

すこしずつ、変わっていきました。

毎日コルセットをつけていた中学時代は、ウエストが妙に細かったです。
それが、外してから1年もしないうちに、どっしりとした腰になっていました。

身体が、自分で、自分を支えられるように、なったということなのだと、思います。


長男が、高校の寮に入るとき、荷物を一緒に詰めました。

その中に、あのザムストのコルセットが、入っていました。

再発する不安があるからなのか、

息子は、それを、お守りとして、持っていきました。


昨日、弟のチームの、ベンチの隅で、先輩が、泣いていました。

最後の大会の前。
引退を、目の前に。

すぐ後ろにいる、お母さんの目も赤かった。

その場で 何も、言えませんでした。

ただ、もう少し、時間が経ったあとなら——

たぶん、ゆっくり、伝えられる日が、来ます。


ベンチの隅で、泣いていた、あなたへ

駐車場で、車の中で、家の天井を見上げて、
夜、こっそり、たくさん、泣いていいよ。

私も、たくさん、泣きました。

でもね。

あの日のコルセットは、いつか、お守りに、変わるからね。

あの日の涙も、いつか、乗り越える日が来るからね。

大丈夫 大丈夫。

※ 病院選びについて。整骨院や整体院は、医師免許がなくても開けるところがあり、保険が効かない場合も多いです。腰椎分離症の治療は、まず整形外科をベースにして、お医者さんと相談しながら、補助的に他の治療を組み合わせる事をおすすめします。本文は「我が家の場合」の振り返りであり、特定の治療法の効果を保証するものではありません。

※ このブログは、特定の個人・チーム・指導者を批判する意図はありません。すべて「我が家の場合」の振り返りです。

※ よかったら、また、読みに来てください。

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