少年野球の部員不足 23対0で、時間切れになった、雨の練習試合の日

チームと仲間の物語

ー 部員数が足りずに どん底だった頃 ー

遠征先の 広い 立派な グラウンド。
最初は、雨は 降ってなかった。

23対0で 時間切れに なった日のことです。

部員が足りない。兄弟児が ユニフォームを着てくれた

当時、小学4年生以下で構成される低学年チームは、
部員数が 足りていなかった。

部員が6〜7人。
試合に必要な 11人(試合に出る9人+ベンチ2人)に、届かない。

そこで、兄弟児にお願いして 期間限定で仮入部してもらった。
運動神経のいい子、気の強い子、優しい子、
女の子もユニフォームを 着てくれました。
元気な子たちでした。

私はかなり 心の中で、思っていました。

——このまま、誰かひとりくらい そのまま入部してくれないかな。

その日、雨は降っていなかった

その日、私たちは 遠征に 行きました。

広い 立派な グラウンド。
奥で 高学年の試合。
手前で 低学年の 私たちの試合。

最初は、雨は 降ってなかったんです。

息子は、最初 キャッチャーだったかな。
試合の途中で、ピッチャーになった。

ストライクが、入らない。

でも、ストライクが 入らないだけじゃ ないんですよ。
雨が 降り出して。
あちこちでエラーも あって。
そもそも、アウトが 取れない。

(野球初心者の 集まり ですからね。)

点を取られ始めた あたりから、
ぽつ、ぽつ、と 雨が降り出して、

・・・・

最後は、ユニフォームも 帽子も グローブも、
ずぶ濡れに なっていきました。

——頼むから、早く ストライク 入れて 終わってくれー。

私は 心の中で ずっと 祈っていました。

23対0。時間切れ

23対0。
時間切れ。

——わざわざ遠征に 行って、兄弟児にも頭を下げた結果が これかーい。

強いチームで やらせてもらってきた はずだった。
こんなはずじゃ なかったのに。

そして あの頃、
入ったばかりの 筋のいい子がいた。
その子に 申し訳なかった。

——こんなチームで ごめんね。

ずぶ濡れに なりながら 思っていました。

雨に濡れて、23対0で、時間切れで、
「いやほんとに、あの頃は どん底 だったなあ」

雨に打たれながら 意気消沈した子どもたちが整列しているのを 思い出す日があります。

それでも、少しずつ、いいチームになっていった

でも、ね。
不思議なことに。

少しずつ、少しずつ、
強くて 本当にいいチームに なっていったんです。

(チームの仕組みが変わっていった話は、少年野球の保護者の役割 お手伝いは母だけのものじゃない にも書きました。)

お父さんコーチの中には
とっても 一生懸命で。 熱心な人たちが いた。

その方々は、実は自分たちも チーム出身のOBさんなのです。
ご自身が小学生の時に所属していて、大人になり 父親になって 帰ってきた。笑

素晴らしい連鎖だな

恩返しというには 軽いな。

自分が育ったチームに我が子を入れたのは、厳しい中にいいものがあったから。
これまでの感謝もあっただろう。
でもやっぱり この場所が好きだからだろうな。

チームが続いていくのは

こんなに素晴らしい人たちが 支えてくれる

から なのかもしれない。

いや。

こんなに素晴らしい人を 育てたのも、
このチームなのかもしれない。

素晴らしい連鎖だな。

本当に 感謝 しています。

そして、
あの日、兄弟児まで巻き込んで
23対0を経験した 弱小チームは
息子が6年生になる リーグ戦で 優勝できました。

(保護者席の声かけを変えていった話は、少年野球の親の声かけ コーチは叱る係、保護者は褒める係 に書きました。)

そこへ行き着くまでの険しい道のりは また今度。

あの日は、雨に ずぶ濡れに なりながら、
「こんなチームで ごめんね」って ばかり 思っていたね。

でもね、あの日の ずぶ濡れは、無駄じゃない。

ちゃんと、「あの23対0が、いい人間が 本気を出す、チームの スタートだった」と、思える日に してくれるからね。

ちゃんと、「いま、笑って 振り返れる場所」まで、連れていってくれるからね。

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