あの頃の私への手紙#15
かあちゃんは知ってる。お前が頑張っていることを。
ー ホームランを打った夜、励ますはずの私が、泣いた話 ー
数日前から、風邪気味だと 聞いていました。
寮にいると、体調を崩しても、すぐには 駆けつけられない。
どうか悪化していませんように。
ざわつく心を抑え込み、平然を装って、
体調、どう?
と、連絡を しました。
ついでに、今日の練習試合、どうだったの?と、軽い気持ちで、聞いたんです。
——そうしたら。
予想もしていなかった言葉が、次から次へと、出てきました。
野球が、うまくいかない。
そういう話だと、最初は、思いました。
でも、聞いているうちに、
——あ、これは、そういう話じゃ、ないな。
と、気づきました。
監督に、一度も、褒められたことがない。
コーチも、誰一人。
ベンチの空気は、ずっと 重い。
試合も、負けが 続いている。
そして、その日、息子は、ホームランを 打っていました。
普段なら、弾んだ声で 報告してくる はずの日。
なのに、その一打さえ、
「たまたまや」
そう、言われたそうです。
コーチャーの指示どおりに 動いて、アウトになった時には、
めちゃくちゃに、怒られた、と。
そして、自分のいないところで、
人格を 否定するような、心ない言葉が あったらしい、と。
——情けない話を、します。
励ましているはずの、私の方が、
途中で、泣いて しまいました。
電話の 向こうの息子に 気づかれないように、声を 殺して。
ダメだな、と 思いました。
母なんだから、どっしり 構えて いなきゃいけないのに。
私が 伝えたかったのは
たった ひとつ。
評価の軸を、指導者だけに、しないこと。
柵を 越えていった、あのホームランを、誰も 認めてくれなかったのなら。
私が、認める。
だから、全力で、言いました。
「めっちゃ、すごいやん!」
それから、こうも 伝えました。
「今日の お前は ダメだった、って 言われても。
ダメだった部分は、あったのかも しれん。
でもね、お前自身が ダメなわけじゃ、ないんよ。」
——やったことと、その子自身は、切り分けて いい。
話を聞くことしか できない。でも、味方であることは 伝えたい。
だから、一緒に 悔しがりました。
そりゃ、そんな環境なら、しんどいよな。
よく 頑張ってると 思うよ。
今日 ホームラン 打ったの、本当に すごい。
本当に よく頑張ってる。
電話の 終わりに、私は もうひとつ、昔の話を しました。
かあちゃんにも、どうしようもなく しんどかった 時期が、あったんよ。
誰にも 言えない気持ちを、料理の レシピを 書きためた ノートの裏に、
ぐちゃぐちゃの字で、書きなぐっていた 頃の こと。
(その話は、いつかの記事に、書いた とおりです。)
今日 あったこと。思ったこと。
そして、じゃあ、自分は どうしたいのか。
それを、自分に 問いかけながら 書いていくと——
不思議と、答えは、自分の中から、出てくるんよ。
誰かに わかってもらおうとして 書くんじゃ ない。
自分で 自分の話を、聞いてあげるために、書く。
何のノートでも いい。とにかく、書いてみてごらん。
そう、伝えました。
電話を 切ったあと、ふと、思いました。
あはは。
私の あの、マイナスの経験談が、こうして、息子に 手渡せるものに なるなら。
あの頃の私は、ものすごく、プラスの経験を、していたんだなあ、と。
苦しかった時間は、消えない。
でも、無駄にも ならない。
形を 変えて、ちゃんと、経験として 積み上がっていく。
あの日、息子を 励ましていたつもりだった。
でも 振り返れば、あれは 同時に、昔の 自分自身を 励ます 時間でも あったのかもしれない。
励ますはずが、泣いてしまったね。
守ってあげたいのに。何もできないね。
わが子が 傷ついている時に、平気で いられないのは、
あなたが、ちゃんと、母だからだよ。「かあちゃんは お前が 頑張ってるのを 知ってる」
「いつでも 味方だよ」という気持ちは、ちゃんと、あの子の どこかに、残るからね。
そして、昔 あなたが ノートの裏で 自分を 慰めていた あの力は、
いま、息子を 慰める力に、なっているよ。
苦しかった あの頃も、無駄じゃ なかった。
ちゃんと、こうして、次の誰かに、渡せる日が 来るからね。
ホームランを 打った日に、落ち込んで 話してくれた、息子へ。
話して くれて、ありがとう。
そして、今日も、あなたが 笑って 眠れる夜に なりますように。
※ このブログは、特定の個人・チーム・指導者を批判する意図はありません。すべて「我が家の場合」の振り返りです。
※ よかったら、また、読みに来てください。

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