あの頃の私への手紙 #06
「行ってこーい」がくれた安心
トイレが近かった次男と、それをあたたかく受け入れた大人たちの話
3人目の次男は、幼稚園に入った頃から小学校の低学年まで、トイレが、とても近い子でした。
小さい頃から精神的に不安になる事が多い、気が小さい子でした。
そんな息子を、誰も叱らずに、笑顔で送り出してくださった大人たちの記録です。
次男は、トイレが近い子でした。
幼稚園の頃から、ずっと、そうでした。
朝、家を出る前に何度もトイレに行って。
幼稚園に着いてからも、また、トイレに行って。
お外遊びの途中で、また、トイレに行って。
寝る前に行く回数は、、、水道代を心配するくらいです。。
「またトイレ? 今さっき行ったよね?」
そう言いたくなる日も、正直、ありました。
3人目にして初めての事です。
もしこれが 姉と兄の時だったら、私も一緒に神経質になっていたかもしれません。
「何で我慢ができないの?」
「みんなと一緒にして」
心の声を口に出していたと思います。
3人目になって、ようやく、少しだけ、肩の力が抜けたところでした。
——大丈夫。この子は、この子のペースで、進めばいい。
トイレが近くなる理由は、たぶん、身体のことだけでは、なかったのだと思います。
おそらく、不安だったのです。
慣れない場所。
慣れない人。
慣れない時間の流れ。
そういうものに、小さな身体が、ぎゅっと、反応していたのだと、いまなら、思います。
幼稚園に行くのも、小学校に上がるのも、グラウンドに立つのも、次男にとっては、ぜんぶ「ちょっと、こわい」ことだったのかもしれません。
そして——
おそらく、周りの大人たちは、それを、ちゃんと、分かって下さいました。
幼稚園の先生は 誰も、叱りませんでした。
「はーい、いってらっしゃい」
笑顔で、そう、送り出してくださいました。
行事の最中も、お遊戯の途中も、ふっと手を挙げた次男に、先生は、いつも、おなじ笑顔とおなじトーンで、そう声をかけてくださいました。
参観でも、その光景を、何度も、見ました。
——いいんですよ、お母さん。
そう言いながら 先生が、にこっと笑ってくださった日のことを、いまでも覚えています。
「いいんですよ」のあの一言が、母としての私を、どれだけ、楽にしてくれたか分かりません。
小学校に上がっても、トイレの近さは、すぐには、なくなりませんでした。
授業と授業の間の5分休憩では必ずトイレに行っていたそうです。
担任の先生は、一度も、それを大きく取り上げませんでした。
その淡々とした受け止め方が、息子の安心を作ってくださっていました。
そして、野球。
少年野球を始めて、私が ひそかに、心配したことの一つが、トイレでした。
試合中に、行きたくなったら、どうしよう。
コーチに、何か言われたら、どうしよう。
入部して間もない頃の、私の心配でした。
——でも、野球の指導者の方々も、誰も、叱りませんでした。
「行ってこーい」
笑顔で、ぽんと、背中を押すような声で、送り出してくださいました。
試合中も、、、次の打席なのにトイレから戻ってきてない。。。
内心みんな「早く戻ってこい」と思ってますが、責められることはありませんでした。
走って、トイレに行って、走って、戻ってくる。
それで終わり。
初めてのグラウンドでは、コーチが、トイレの場所を確認して、1番最初に息子に教えてくださいました。
監督が、コーチが、保護者の方々が、その「行ってこーい」を、ふつうにして下さっていたから、次男は、グラウンドで、安心して、走ることができていました。
きっと、みなさん、分かっていたのだと思います。
あの子の小さな身体が、不安と一緒に、立っていたことを。
笑顔で「行ってこーい」と何度も送り出すことが、あの子の不安を、少しずつ、ほどいてくださっていたのだと、いまになって思います。
「また?」を言わずに
笑って「行っておいで」
いつの間にか、試合中のトイレが、消えていました。
「あれ、最近、行ってないね」
そう気づいた時には、もう、高学年になっていました。
特別な治療をしたわけでも、特別なトレーニングをしたわけでも、ありません。
ただ、誰も、叱らなかった。
ただ、笑顔で、待っていてくれた。
ただ、「行ってこーい」と、送り出してくれた。
不安が、少しずつ、ほどけていったから、なのだと思います。
あの子の中の「ちょっと、こわい」が、少しずつ、小さくなっていったから。
そして、子どもは、勝手に、育っていくのだと思います。
——いえ、それだけ、ではなくて。
「叱らないでいてくださった大人たち」と「待っていてくださった環境」が、いかに、ありがたいものだったか。
いまになって、しみじみと、分かります。
もし、いま、お子さんのトイレや、グズグズや、なかなか変わらない癖に、胸を痛めている方がいたら——
その子は、その子のスピードで、ちゃんと、育っていくのだと思います。
我が家の場合、それを教えてくれたのは、子どもを、待っていてくださった大人たちの姿でした。
あの頃の私に、もし、いま声をかけられるなら——
「またトイレ?」と言いそうになって、ぐっと、飲み込んでいた日々を、ちゃんと、知っているよ。
いつまで続くんだろうと心配していたあなたを、ちゃんと、知っているよ。大丈夫。
あの子は、ちゃんと、自分のペースで、育っていくよ。
いつの間にか、「あれ、最近、行ってないね」と気づく日が、ちゃんと、来るからね。大きな器で「行っておいで」と送り出してあげたから、
あの子は、グラウンドで、安心して、走れていたんだよ。そして、息子の成長を笑って待っていてくれた、まわりの大人達。
あの方々は、ちゃんと、分かってくださっていたんだよ。
あの子の中の、小さな不安を。
「ちょっと、こわい」を、ぜんぶ。だから、笑顔で、「行ってこーい」と送り出してくださっていたんだよ。
あの日の涙は、無駄じゃない。
ちゃんと、「待ってくれる大人たちのありがたさ」を、教えてくれるからね。
※ このブログは、特定の個人・チーム・指導者を批判する意図はありません。すべて「我が家の場合」の振り返りです。お子さんのトイレや体のことで気になることがある時は、かかりつけのお医者さまにご相談くださいね。
過去の記事は、こちらから。


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