野球未経験かあちゃんの記録 #07|ピラティスで変わったのは、身体だけじゃなかった

ケガと回復の記録

あの頃の私への手紙 #07

ピラティスで変わったのは、身体だけじゃなかった 

ー 腰椎分離症で何度も野球を休んだ息子と、リハビリに通った3ヶ月の話 ー


中学で腰椎分離症を再発をした夏、
息子と二人で、3ヶ月だけ、ピラティスに通った時期があります。
あの3ヶ月、息子に置いていってくれたものは、ひとつじゃなかった、というお話です。


腰椎分離症の話の続きです。

長男は、小5の秋に分離症と診断されてから、中学を通して、何度か再発を繰り返しました。

中2の夏も、そのうちの一回でした。


「またか…」

息子と、車の中で、ため息をついた日。

休む期間のリズムは、もう、二人とも、覚えていました。

レントゲン、MRI、診断、コルセット、休部、トレーニング、CT、復帰。

何度繰り返しても、慣れる日は、来ませんでした。


何より、苦しいのは、息子だったのだと思います。

バットも、振れない。
ボールも、投げれない。
走る練習も、できない。

でも、何もしないで、ただ、休む。
それは、息子には、できませんでした。

何かしていないと、不安なんよ

そんなことを、ぽつりと、言っていた気がします。


何かできることはないのか。

腰に負担をかけずに、他の場所を、鍛えられないか。

復帰した時、少しでも、いい状態に戻れる準備が、できないか。

私も、ネットで、夜な夜な、検索していました。

そんな頃のことです。


実は、私には、月に2回くらい、通っていた場所がありました。

ピラティスのスタジオです。

特別、身体が悪かったわけではなくて、
3人をワンオペで育てている自分への、ささやかな息抜きとして。

身体を整える時間が、自分のための時間が、月に2回くらいは、あってもいいよね。
そう、自分に言い聞かせて、続けていました。


そのスタジオの先生は、年上のおばちゃん先生でした。

身体のことを、深く、勉強されている方でした。

私が、息子の腰のことを話すと、
色々話をしてくれました。

腰椎分離症のこと。
成長期の身体のこと。
なぜ、繰り返してしまうのか。
何が、足りないのか。
パフォーマンスを上げるために、いま、できることは何か。

私は即座に聞きました。

「先生、息子を連れてきてもいいですか?」

それが、始まりでした。


最初の2〜3回は、息子と、私で、一緒に通いました。

狭いスタジオに、おばちゃん先生と、息子と、私。

マットの上で、地味な、地味な動き。

足の指を、一本ずつ、動かす。
扁平足を、少しでも、整えていく。
身体のバランスを、感じる。
一番、力が、出やすい姿勢を、覚える。

専門的なことは、私には語れないので、ここでは控えます。

ただ、覚えているのは、
腰には、一切、負担をかけない動きばかりだったということ。
そして、
野球とは、一見、関係がなさそうな、本当に小さな動きの積み重ねだったということ。


中学2年生の、思春期の入口。

そんな息子と、母親が、隣で並んで、ピラティスのマシンに乗っている。

いま、思うと、信じられない時間です。

もう、絶対、できない。

書きながら、笑ってしまうくらい、貴重な時間でした。


2〜3回、一緒に通った後、

そこからは、息子と先生の、マンツーマンになりました。

理由は、シンプルです。
月謝が、二人分は、なかなか厳しい、というだけのことでした(笑)。

私はお休みして、息子のレッスン回数を増やし 送迎係に回りました。


息子は、おばちゃん先生と、二人で、地味な動きを、続けました。

私は、車の中で待機しながら、

——あれ、家にいる時よりも、息子と、長く一緒にいるかもしれない。

ふと、そう気づいた日が、ありました。


それまで、車の中の時間って、ほとんど、野球の送迎の時間でした。

朝は早くて眠たそうだし、帰りは疲れて寝てしまう。

会話は、たいてい、
「今日、どうやった?」
「あー、まあまあ」
「打てた?」
「普通」
くらいで、終わっていました。

ピラティスへの道中は、それとは、少し、違いました。

「あのメニュー、なんやろうね」
「足の指、マジで動かん」

「飼ってる犬、マジかわいい。 犬欲しい」

息子は、めずらしく、よく、喋りました。

帰り道に、コンビニに寄ったり、買い物に付き合ってもらったり。

たわいない時間。
でも、後から思えば、ぜいたくな時間。


3ヶ月、続けました。

そして、野球に復帰できた時、息子は、ぴたっと、ピラティスを、やめました。

「もう、全力で 野球がやりたい」

そう、笑って、言いました。

私も、止めませんでした。

3ヶ月、よくがんばった。
ここから、また、野球で、頑張ったらいい。


その時は、それで、終わったつもりでした。

でも、終わったのは、ピラティスに通うことだけで、
息子の中に、置かれたものは、その後も、ずっと、残りました。


成長期が、終わって、
息子は、家を離れて、寮のある高校に、進みました。

野球の練習は、小学校中学校時代とは、比べものにならないくらい、ハードです。

それでも、いまのところ、あの頃のような、繰り返しの再発は、ありません。

そして、何より、

息子は、自分の身体のSOSを、自分で、聴けるようになっていました。

ここが張っているから、伸ばしておこう。
今日は、少し、休もう。
このストレッチを、入れておこう。

親元を、離れていても、
自分の身体を、自分で、ケアできる。

それが、当たり前のように、できる。

その土台は、あの3ヶ月の、地味な動きの中で、できあがっていたのだと思います。


我が家には、ストレッチポールが、2本あります。

ピラティスに通っていた頃、おばちゃん先生に教わって、
息子用と、私用に、買ったものです。

息子は、寮に入る時、自分のポールを、ちゃんと、持っていきました。

「これ、いる」

そう言って、旅立つ日の車に載せていました。

身体のケアが、生活の中に、自然に、ある。

それは、あの夏に、おばちゃん先生が、息子に、渡してくださった、財産です。


そして、もう一つ。

ピラティスが、息子に置いていってくれたものが、ありました。

正確には、息子に、ではなく、私に、置いていってくれたものです。

それは、

あの3ヶ月の、息子との、ぜいたくな時間。

毎日、野球で、忙しかった頃。
家にいる時間より、グラウンドにいる時間の方が、長かった頃。

野球の送迎以外で、息子と二人きりで、何かをする時間は、ほとんど、ありませんでした。

そこに、ぽつんと、3ヶ月だけ、現れた、ピラティスへの道のり。

狭いスタジオで、二人で、地味な動きをした、最初の数回。
車の中で、息子を待った時間。
帰りの車で、めずらしく、よく喋った息子。
ついでに寄った、買い物。

しんどい時期だったのに、
終わってみたら、
あの3ヶ月は、私の中で、宝物のような時間に、なっていました。


ピラティスが、息子の身体に、何を渡してくれたかは、
息子にしか、本当のところは、分かりません。

でも、
ピラティスが、私と息子に渡してくれた時間は、いまも、私の中に、はっきりと、残っています。

ピラティスで、変わったのは、息子の身体だけじゃ、なかった。

母にとっての、宝物の時間も、一緒に、運んできてくれていた。

そう、思っています。


我が家の場合、ピラティスは、おばちゃん先生の存在ありき、でした。

腰椎分離症のことを、深く知ろうとしてくださる方が、近くにいてくださったから、安心して、通えた。

これからピラティスを検討される方もいるかもしれません。

病院の先生から安静にと言われたら 動ける許可が出るまでは控えてくださいね。

そして「ピラティスの先生との相性」と「腰のことを、ちゃんと一緒に考えてくださる方かどうか」だけは、
最初に、確認されると、いいかもしれません。

(※症状や治療、リハビリの判断は、必ず主治医にご相談くださいね)


あの頃の私に、もし、いま声をかけられるなら——

あの日は、本当に、苦しかったね。

何度目かの再発で、また、車の中で、ため息をついていたあなたを、ちゃんと、知っているよ。
「もう、何かしないと、息子も自分も、おかしくなりそう」と、夜中まで検索していたあなたも、知っているよ。

大丈夫。

あの夏、思いきって、ピラティスに、息子を連れていってよかったよ。

月謝のことが、ちょっとだけ、気になったよね。
でも、あの3ヶ月が、息子に渡したものは、お金じゃ、絶対、買えないものだったよ。

自分の身体を、自分で、ケアできる息子になったよ。
いまも、寮で、ひとりで、ちゃんと、自分の身体と、付き合っているよ。

そして——

思春期の入口の息子と、隣のマシンに、並んで乗った時間。
帰りに、コンビニに寄った時間。
「足の指、マジで動かん」と、笑った時間。

あれは、もう、二度と、来ない時間だったよ。

しんどい時期だったのに、
終わってみたら、ちゃんと、宝物の時間も、置いていってくれていたよ。

あの日の涙は、無駄じゃない。

ちゃんと、「自分の身体と、自分で付き合える息子」を、育ててくれるからね。
ちゃんと、「あの夏の、ぜいたくな時間」を、置いていってくれるからね。


※ このブログは、特定の個人・施設・治療法を勧める意図はありません。すべて「我が家の場合」の振り返りです。症状や治療、リハビリの選択は、必ず主治医にご相談ください。

※「腰椎分離症シリーズ」も、これから少しずつ書き溜めていきます。よかったら、また読みに来てください。


過去の記事は、こちらから。

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